
2011(平成23)年4月に4名の部員で誕生した硬式野球部は、2026(令和8)年の東洋学園創立100周年記念という節目の年に創部15周年を迎える。ゼロからスタートした硬式野球部のこれまでの軌跡を振り返りたい。
1.創部から連盟加盟まで(2011年4月~2012年3月)
2010年1月5日、江澤雄一理事長(当時)の年頭挨拶にて、坂川対岸の約8千坪の土地に野球場とサッカー・ラグビー場を建設することが発表された(江澤雄一スピーチ集, P44)。2010年4月に小生が本学に専任講師として入職し、同年7月には一ノ渡尚道学長(当時)発令のもと、運動部活性化委員会(委員長:田中菊子教授)が発足、数回の会議を重ね、2011年4月に硬式野球部を新設することが決まった。
2011年4月18日、東日本大震災により1週間開始が遅れた授業日初日の夕方、新生・東洋学園大学硬式野球部が始動した。最初の練習に参加した部員は3名(柿沼遼、漆島建太、渡邉健太)であった。翌週からはもう1名(葛野智史)が加わり、4名での練習が始まった。試合ができない人数であったが、彼らは1年間黙々と練習を続けた。
2011年12月、東京新大学野球連盟への加盟申請を行い、4名の1年間の努力が認められ2012年4月から春季リーグ戦へ出場することが決まった(詳細は研究室だより43号P56-61参照)。そして初代女子マネージャー(米須円香)もこの時期に加わった。

2.4部優勝3部昇格(2012年4月~2013年3月)
2012年4月、2期生11名(林颯一郎主将世代)を加えた1・2年生15名で東京新大学野球連盟の4部リーグに参戦した。前年秋優勝校の東京電機大学との初戦を7-0の7回コールドで勝利し、この勢いのまま8勝2敗で4部優勝を飾った。3部との入替戦は東京外国語大学との戦いとなり、2連勝(2戦先勝方式)で3部昇格を決めた。リーグ加盟1シーズンで4部優勝3部昇格を決めたことは、1期生にとって1年間練習しかできなかった辛い日々をもかき消すほどの喜びであったに違いない(詳細は研究室だより44号P65-70参照)。

秋季リーグ戦は3部リーグでの戦いとなった。初戦の東京理科大学との試合は9-3で3部初勝利となり、7勝3敗で並んだ日本工業大学との優勝決定戦では4-6と惜しくも敗れ、連盟加盟1年目は3部2位で終えることとなった。この頃1・2年生は全学部流山キャンパス、3・4年が本郷キャンパスという時代であり、1・2年生全員が夕方から同じ時間にまとまって練習に打ち込める環境にあった。
3.3部優勝2部昇格(2013年4月~2016年3月)
2013年4月、3期生(福士史成主将世代)が加わり3部優勝2部昇格を目指して加盟2年目のシーズンが始まった。前年度の悔しさをバネにして、新戦力も加わり、9勝1敗で3部初優勝を成し遂げた。勢いそのままに工学院大学との入替戦も2連勝し、加盟3季目で2部昇格を果たした(詳細は研究室だより45号P39-46参照)。当時の連盟記録では、1部に最速で昇格したのは加盟5季目で1部へ昇格した共栄大学の記録であった。この連盟記録を塗り替えるのは我々しかないと最も勢いがあった時であった。

しかし、大学野球はそんなに甘いものではく、2部の洗礼を浴びたのであった。2部での初戦は淑徳大学国際コミュニケーション学部に2-7で敗戦し、そこからまさかの10連敗で2部最下位となった。この連敗ムードを払拭できず、工学院大学との入替戦でも2連敗で3部降格が決定し、4季目で1部に昇格する目標は達成できずに2013年度のシーズンを終えた。
2014年度は1期生(柿沼遼主将世代)が4年生となり、4期生(比嘉仁人主将世代)が入学した。4期生の新戦力も加わり春季リーグでは3部で全勝優勝し、工学院大学との入替戦にも2連勝して2部へ再昇格した。秋季リーグでは、日大生物資源科学部との初戦に3-2で逆転勝利し、2部で初勝利を収めた後、そのままの勢いで終盤戦まで優勝争いに関わるものの3位(7勝3敗)で終えた。1期生は4部から始まり、2部3位を最高成績として大学野球を終えた。


2015年度、2期生(林颯一郎主将世代)が最上級生となり、5期生(上野浩孝主将世代)が入学した。昨季あと1勝で2部優勝を逃した悔しさをバネにして初優勝を目指したが、春季リーグ戦は2位(7勝3敗)、秋季リーグ戦は3位(6勝3敗1分)で終えた。2部で優勝することの難しさを感じた1年間であった。

4.人間科学部が本郷キャンパスへ(2016年4月~2020年3月)
2016年度、3期生(福士史成主将世代)が最上級生となり、6期生(高嶋幸太主将世代)が入学した。6期生から人間科学部も本郷キャンパスで4年間学ぶこととなり、1・3・4年生は本郷での授業を終えた後に1時間30分程度かけて流山のグラウンドに移動し、そこから練習するという環境になった。春季リーグは2位(6勝4敗)、秋季リーグも2位(7勝2敗1分)で終え、この世代も優勝まであと1勝が遠かった。

2017年度、4期生(比嘉仁人主将世代)が最上級生となり、7期生(渡邉陸主将世代)が入学した。小生は在外研究の機会を得て1年間海外で研究活動を行ったため、加村善洋コーチが監督代行として1年間指揮をとった。春季リーグは2位(6勝4敗)、秋季リーグは3位(5勝5敗)で終え、この世代も2部優勝を成し遂げることができなかった。

2018年度、5期生(上野浩孝主将世代)が最上級生となり、8期生(宮澤凌主将世代)が入学した。5期生(4年生)だけ流山キャンパスで過ごす予定であったが、1~3年生が本郷キャンパスとなったこともあり、大学の方針で全学年が本郷キャンパスへの通学となった。
春季リーグは4位(5勝5敗)、秋季リーグは4位(4勝5敗1分)で終え、2013年秋季リーグ以来、2部でBクラスの順位となった。

2019年度、6期生(高嶋幸太主将世代)が最上級生となり、9期生(中松武哉主将世代)が入学した。春季リーグは3位(6勝4敗)、秋季リーグは4位(3勝7敗)で終えた。秋季リーグは4大学が3勝7敗で並び、4大学での最下位プレーオフとなった。プレーオフでは1回戦の日本大学生物資源科学部に5-0で勝利し、下位の入替戦を戦わずして2部残留を決めた。

5.コロナ禍と2部優勝(2020年4月~2023年3月)
2020年度、7期生(渡邉陸主将世代)が最上級生となり、10期生(清水宏大・恩田隼主将世代)が入学した。しかし、2020年2月末から新型コロナウイルス感染症の拡大により、対面での部活動が禁止となった。オンラインでのミーティングやトレーニング、野球ノートをメールで提出・共有するなど、できる限りの活動を行なった(光川,2021; 東洋学園大学紀要第29巻P223-238)。しかし、春季リーグ戦は中止となり、7月下旬に1・2部合同でのトーナメント形式での公式戦が計画されたが、雨のため中止という4年生にとっては非情な雨となった。秋リーグに向けて時間と人数を制限しながら練習を継続していたが、2部リーグに所属している他大学の再開状況が揃わず、秋の2部リーグ戦も中止となり、11月にトーナメント形式の試合が実施された。しかし、4年生は2部ライバル校の東京学芸大学とのオープン戦を最後の試合として、トーナメント戦には出場することなく、大学野球を終えることとなった。先が見えない中、4年秋の最後までやり切った選手は本当に素晴らしかった。


2021年度、8期生(宮澤凌主将世代)が最上級生となり11期生(和智晃汰主将世代)が入学した。コロナ禍が続き、毎朝の体温記録、活動時間や人数に制限がある中、規律を守って活動することが求められ、精神的に気を緩めることができない1年間であった。春は3位(6勝4敗)、秋は2位(7勝3敗)であったが、いくつもの制限があるなか、4年秋の最後までやり切った選手・マネージャーに感謝したい。


2022年度、9期生(中松武哉主将世代)が最上級生となり、12期生(益子要主将世代)が入学した。このシーズンは池田、兵頭、高坂投手が活躍し、打線も噛み合い10連勝で2部初優勝を決めた。入替戦の相手は駿河台大学、久しぶりの入替戦であったが、2連敗して2部残留が決定した。入替戦後、主将、副主将を含めた4年生の多くが退部し、当時3年生の清水宏大が主将となり、秋季リーグを迎えたが、春の勢いは続かず2位(5勝5敗)に終わった。



6.スポーツ推薦入試と1部昇格に向けて(2023年4月~2025年6月)
2023年度、10期生(清水宏大・恩田隼主将世代)が最上級生となり、13期生(現3年生)が入学した。この年度の入学生からスポーツ推薦入試制度が導入され、前年春の2部優勝という結果も重なり、13期生は34名と一気に部員が増えた。清水宏大が春まで主将を努め、秋は副主将だった恩田隼が主将を引き継いだ。2部優勝した経験を持つ野手が多く残っていたものの、春は4位(5勝5敗)、秋は3位(6勝4敗)で終えた。


2024年度からは高等学校の野球部で30年以上の経験を有する中村仁一氏を総監督(本学職員)として迎え、新たなスタッフ体制で始まった。11期生(和智晃汰主将世代)が最上級生となり、14期生(現2年生)が入学した。平日の練習時間も中村総監督が指導にあたる体制を整えながら練習ができるようになったが、春は4位(5勝5敗)、秋も4位(5勝4敗1分)で終えた。


2025年度、12期生(益子要主将世代)が最上級生となり、15期生(現1年生)が入部した。今年度から平日に全員集まれる練習時間を確保できるようになり、少しずつチーム全体のまとまりも生まれてきた。そして、2025年6月1日、2部優勝をかけた工学院大学との試合に4-3で勝利し、最終戦を待たずして2部優勝(2回目)が決まった(8勝2敗)。
1部昇格をかけた駿河台大学との入替戦、第1戦は5点差を追いかける9回表の攻撃で4点を返し、なおも2死満塁のところまで猛追するもあと1本が出ずに5-6で敗退。第2戦は緊迫した投手戦となり、5回に先取した1点を継投で守り切り1-0で勝利し、1部昇格へ逆王手をかけた。勝てば初の1部昇格となる第3戦は初回、2回と1点ずつ取りながらも中盤に守りのミスから逆転されて2-9の8回コールドで敗れ、またしても1部昇格を果たせなかった。9月から始まる秋季リーグ戦では2季連続の2部優勝、そして悲願の1部昇格を成し遂げられるよう、東洋学園100周年記念の年に向けて、新たな歴史の1ページを加えたい。


7.OBOGの活躍
硬式野球部の理念は「大学野球を通じて社会で活躍する人材を育成する」ことにある。これまで100名以上のOBOGがおり、さまざまな分野で活躍しているが、独立チーム、社会人チームで活躍した5名の選手を紹介したい。3期生の福士史成選手(福島ホープス, 2017-2018)、5期生の松永忠選手(福井ミラクルエレファンツ他, 2019-2024, 現千葉スカイセラーズコーチ)、8期生の青田将志選手(福井ネクサスエレファンツ他, 2022-現役)、9期生の池田来夢選手(FedEx, 2023-2024)、9期生の兵頭真人選手(ジェイファム―愛媛マンダリンパイレーツ, 2023-現役)である。今後NPB球団に入る選手が出てくることを期待するばかりである。

3期生 福士史成選手

5期生 松永忠選手

8期生 青田将志選手

9期生 池田来夢選手

9期生 兵頭真人選手
8.最後に
入職当時、27歳の若輩者に硬式野球部創設の機会を与えてくれた江澤雄一理事長、一ノ渡尚道学長、原田規梭子副学長、柴鉄也学長補佐、田中菊子運動部活性化委員長に心より感謝申し上げたい。江澤理事長には夏休みや冬休み期間に、小生を栃木寮に招いて暖かい励ましの言葉をかけていただき、入替戦にも足を運んで応援していただいた。理事長賞を2度も受賞したことは部員たちだけでなく小生にとっても大きな自信となった。
一ノ渡学長、原田副学長、柴学長補佐からも常に硬式野球部の活動を気にかけていただいた。食事にも何度も誘っていただき、その度に労いの言葉をかけていただいたことは、今でも忘れることができない。田中菊子教授には、大学教員として、指導者としての心構えを教授いただいた。
愛知太郎理事長、辻中豊学長、阿部一学部長、宇田隆生事務局長、橋本太郎部長、相川徹人部長をはじめとする本学教職員の支援、硬式野球部の澁谷智久顧問部長、中村仁一総監督、加村善洋コーチ、佐藤雄太コーチ、福士史成コーチ、渡辺広夢コーチ、阿部加津幸コーチ、大山勇太コーチ、これまで硬式野球部コーチとして関わった白石竜朗氏、田中良平氏、星野洋時氏、久保田錬氏、小川航平氏、米田和宏氏、篠田朗樹氏の指導、そして東洋学園大学硬式野球部に入部して汗と涙を流した部員達の努力があり、15年という年月を積み上げることができた。改めて心より御礼申し上げる。