東洋学園大学 100周年

公開教養講座―地域に開かれた大学を目指して

東洋学園大学 元 図書館長人文学部 学部長広報委員長 脇山怜

1.立ち上げに向けて

1980年代、各地で大学の新設が相次ぎ、地域の市民を対象にした開放講座を設ける動きが広まりつつあった。1992(平成4)年に開学した本学でも、同様の講座を開けないかという相談が、何川敏郎事務局長から行方昭夫学部長に持ち掛けられた。大学の広報活動の一つとして、外部から講師を招いて年数回の講演会を開くのはどうかという相談だった。行方先生は、学内に充分人材は揃っているのでまずは先生方に登壇を依頼し、毎月連続して講演会を開催するという代案を出された。
本学が持つ教育研究資源を地域社会に還元することは、高等教育機関である大学の使命として今後重要性を増す「社会貢献」につながる。度重なる話し合いを経て、その後25年続くことになる「公開教養講座」の口火が切られた。英米言語学科と英米地域研究学科を2本柱に、「国際化の時代を生きる」をテーマに掲げた講演会を、1年に原則8回(5、6、7、9、10、11、12、1月)毎月第2土曜日に開催することになった。時間は午後1時から3時まで。90分の講演に続いて休憩を挟み、質疑応答の時間も設けられた。講師は東洋学園大学から6名、東洋女子短期大学から2名が、国際情勢の流れに沿った演題で講師を務めることになった。
1993年6月12日に開催された第1回の講演者として白羽の矢が立ったのは、横山和子先生だった。演題は「カンボジア国連ボランティア活動に参加して」。彼女はその前年、国連がカンボジアでの憲法制定議会の公正な実施のための選挙監視委員を募集した時に、400数名の一人として参加したのだった。ILO(国際労働機関)、FAO(食糧農業機関)など通算9年間の国連専門機関の勤務を経て、東洋学園大学に着任したばかりの彼女は、話題性もあり、トップバッターとしてふさわしかった。

2.公開教養講座の立案――変わりゆく時代を反映させて

[国際情勢に関する講演]

手元の資料によると、「公開教養講座」は流山キャンパスで開講していた25年の間に本郷実施(文京区政60周年記念共催)の6回も含め全部で198回の講演を行った。それらの演題を一覧表から拾ってみると、この四半世紀が政治、経済、外交、科学技術、地球環境などの諸問題が、目まぐるしい速度でグローバルに展開した時代だったことが分かる。講座の立案に際して心がけたのは、これらの諸問題をどのような演題のもとにプレゼンテーションすれば市民の皆さんの「いま」への関心に応えられるかということだった。
国際情勢に関する講演や、世界における日本の立ち位置に関する考察では、英米地域研究学科を中心とした学識者、マスコミ出身者、元企業人など講師として幅広い人材が揃った。一覧表からは、ほんの一部を拾っただけでも、世界各地の情勢理解へと受講者を案内できたことが窺われる。

[世界における日本の立場――経済、政治、安全保障、比較文化の視点から]

中国をテーマとする講演は、各種マスコミに登場し、既に「著名人」であった朱建栄先生が講師を務めたこともあって、いずれも人気があった。中国庶民の正直な対日感情の紹介、日中関係についての率直な見通しが聴衆を引き付けたようだ。また演題一覧表からは、中東も既に1990年代からきな臭い地域だったことが分かる。アラブとイスラエル間の憎しみの連鎖、それが招く世界の不安定化が絶えることなく続いていたのだ。また立案に際しては、グローバル社会における日本の立ち位置についても問題提起をするよう心がけた。

[英語および英語文化に焦点を合わせた講演]

英語及び英語文化に関する講演でも、英米言語学科の教員を中心に豊かな陣容が揃った。英米文学、言語学、統語論、意味論、翻訳論、英語教育論などにわたってベテランの教授陣が名を連ねており、公開教養講座においても、英語という言語やその背景に深く切り込んだプレゼンテーションが、新たな発見をもたらしてくれた。
長井善見先生による「世界の英語」と題した講演(1995)もその一つ。先生は世界人口60億のうちで英語を実用レベルで使用している「英語人口」はおよそ13億人(数字は講演当時)そのうちネイティブスピーカーは約3億人、その他の10億人余は、旧英領植民地だった諸国で公用語・準公用語として使っている人々であると説明された。そして彼らの話す英語には独特の訛りがあることを、「インド訛りはこうです」「フィリピン英語はこんな風です」と巧みな物真似で示された。長井先生と言えば元東大教授で謹厳そのもの、学内でも近寄りがたい風格の方なのに、その名演技に会場は笑いの渦に包まれた。そして、そうしたお国訛り、地域訛りの英語は、グローバル・ビジネスや研究・開発の世界では堂々と「国際語」となって飛び交い、今後も役割を広げていくだろうとの明るい見通しに、一同勇気づけられたこの日の講演会だった。

3.新しい方向を探る――外部からの風も入れて

開講から8年が経過して21世紀に入った頃、新たな関心の高まりが見えてきた。健康に関する情報へのニーズである。人間科学科のカリキュラムの拡充、教授陣の充実、そして防衛医科大学学長を務められた精神科医の一ノ渡尚道先生が学長に就任されたことが、これを後押しした。特に心の健康に焦点を合わせた名企画がいくつも生まれた。代表的な講演を2つ挙げておくが、これらは学外からの様々なイベントのリクエストにも応えて、何度も再演されている。

なお、「カイチュー博士」として高名な藤田紘一郎・東京医科歯科大学教授も来校し、「きれい社会の落とし穴:アトピーからO157まで」(2004.6)と題した講演で、過度な清潔志向が現代病(アレルギ―)を生むと警告した。

西暦2000年、世の中の変化の速度は、ひと昔前より早いように思われた。そして目まぐるしい物事の進展や、新しい事象の誕生に、講座の企画が追い付いていけないことに気付かされるようになった。学内の人材も、講演の担当をほぼ一巡し、回を重ねての登壇となると、やや新鮮味が薄れる。そこで学外からも講師を招き、これまで学内だけでは料理できなかった素材も俎上に載せることにした。その結果、以下のような新鮮な話題を講座に加えることが可能になった。また広報委員会の役割を明確化し、次年度に予定されているビッグイベントを組み込んだ年間プログラムの立案をはじめ、学外講師との折衝なども広報委員会が担うこととした。

上述の大野元裕氏も外部から招いた講師の一人だった。外務省書記官としてカタール、シリアなどで勤務した後、上記調査会で論客として高名だったが、本学の講演(2007)において既に、アラブ・イスラエルの対立の放置が憎悪の連鎖を招き、テロの脅威となると、今日あるを予言していた。今では政治家に転身し、埼玉県知事として活躍している。
NHKキャスタ―の河野憲治氏の登場(2015)も、記憶に残るものだった。テレビでお馴染みの人物に会えるという期待から、会場はざわめいていた。講演は「ニュースウォッチ9」が何十人ものスタッフの連携によって制作されていく過程がビジュアルに提示されて魅力的だったが、一同驚かされたのは当日のスケジュールだった。11月14日に行われた講演の前日にパリで発生した同時多発テロのため急に海外取材が決まったのだという。我々もともに時間に追われるニュースルームにいるような切迫感を味わった。氏は講演を終えると、あわただしく成田空港に向かわれた。

4.受講者の動向・講座への評価

受講者の数はその回によって80名~150名と多寡があり、その差は主に講演のテーマへの関心度によるものと思われた。年代別では40代、50代、60代が多数を占め、職業別では会社員(公務員も含む)が多かった。性別では、女性受講者は男性受講者の約半数で、専業主婦が大半を占めた。近年、千葉県・東葛地区では人口動態の上で、首都圏に通勤する「新市民」が従来の農業や商店経営に従事する「旧市民」を凌ぐ傾向が顕著で、このことも受講者の動向を左右していると思われる。
公開教養講座では、受講者の率直な反応や意見を知るために、毎年度の最終回の講演後にアンケートを実施してきた。

上記3点を尋ねたアンケートだったが、寄せられた毎年度の回答を総合すると、以下のようであった。

5.閉講の時を迎える――地域との連携を評価されて

最盛期には2,000名余りの学生が学んだ流山キャンパスにも、18歳人口減少の波を受けて、いやおうなく「冬の時代」がやってきた。大学本部は学生募集の実情を鑑み、流山キャンパスの教育プログラムをすべて本郷キャンパスに集約する決定を下した。その結果、流山キャンパスで授業が行われたのは、2017年度、人間科学科3・4年生が最後となった。
なお、本学は第三者評価を「大学基準協会」から受けているが、2回目の評価が行われたのもこの年度のことだった。認証を受けるまでに柴鉄也先生をはじめ多くの関係の方々の尽力があったことは、「東洋学園大学の認証評価」のコラムで詳しく知ることができた。「適合」評価を受けた時に、今は亡き柴先生からだったと記憶しているが、「公開教養講座は第三者評価でも、大学の地域貢献という点で高く評価されましたよ」とお元気な声で連絡を受けたことが忘れられない。
そして、2018年度の公開教養講座は、学生のいないキャンパスで5月から12月まで7回の講演が最終年のシリーズとして行われ、現在本郷キャンパスで開催されている「公開講座」へと引き継がれることになった。5月12日に行われた2018年度の初回は2024年度から1万円札の「顔」になる渋沢栄一氏の親族の渋沢健氏による「渋沢栄一の『論語と算盤』で未来を拓く」で始まり、12月8日に行われた最終回は本学・光川眞壽准教授による「中高齢者の健康づくりと最新トレーニング」と題した、長寿へのエールを送る講演で締め括られた。
この最終回には江澤雄一学園長も出席、7301教室を埋めた市民諸氏に長きにわたる熱心な受講への感謝の意を伝えるとともに、受講生を代表して永藤庸夫氏に表彰状が、そして出席者全員にささやかな記念品が手渡された。また、講座に関する職務を担当した職員一同にも、感謝の言葉が掛けられた。こうして198回にわたる流山キャンパスでの「公開教養講座」は幕を閉じたが、大学と地域を繋ぐ役割が果たされたことを感じさせる、温かい「感謝のセレモニー」だった。
最後に、「大学基準協会」の第三者評価における本学の「社会連携・社会貢献」についての概評を引用してこのコラムを結びたい。
「地域社会との連携では、(中略)~~等が挙げられる。これらの取り組みの中でも、1993(平成5)年から流山キャンパスで開講している「公開教養講座」は長期にわたり、多数開講され、多くの市民らが受講している。これは、貴大学が主体的に取り組んでいる社会連携・社会貢献の活動が継続的に実施され、着実に成果を上げていると言える。」