2014年度前期展「乙女の遠足 ―遊覧から教育へ」
昭和期を通して見る学校行事の旅行
公開 2014年4月3日~10月3日
解説書(30ページ)無料
学校の旅行・遠足は、ある時代までレジャーの数少ない機会でした。昭和の幕開けから前世紀末まで、東洋女子の名を冠した高等教育機関の旅行事情を辿ってみると、かつては盛んに行なわれていたこと、時代の推移とともに目的が変化してきたことが浮かび上がってきます。それが副題の「遊覧から教育へ」、という変化です。
戦争の時代を挟み、旅行が一生の思い出から日常的なレジャーへと変容するに連れ、泊りがけまでして学外に学生を連れて行くには動機づけが必要になり、次第に遊覧から教育へウェイトが置かれるようになりました。あるいは、エリート教育の時代だった戦前の旧制歯科医専の旅行に、戦後の経済成長で大衆化したレジャーとしての旅行のはしりを見出すこともできます。
一口に学校の旅行と言っても目的、形態は多岐に亘り、東洋学園一校にさえありとあらゆる分野、地域に亘る記録が存在します。それらを網羅するとテーマが曖昧になりますので、小展では国内で宿泊を伴う学校公式行事を中心にとり上げます。
箱根に始まり、箱根に終わる 東洋学園旅行小史
1927(昭和2)年4月30日、旧制東洋女子歯科医学専門学校の教員を含む56名の一行は箱根に向け、一泊二日の卒業記念旅行に出発しました。記録に残る本学初の旅行です。それから71年後の1998(平成10)年を最後に、東洋女子短期大学(欧米文化学科)の新入生箱根オリエンテーション・キャンプが打ち切られました。以後、本学は新たな学生相互の交流のきっかけ作りを模索していくことになり、その取り組みは現在も続いています。
現代は授業時数の確保が求められ、小学校から大学まで休暇や行事はおしなべて削減傾向です。グローバル社会の厳しい競争を勝ち抜くため、遊んでいる場合ではないかもしれません。しかし、戦前の頻繁な外出を見るにつけ、また戦後も夏休み入り直後に実施されたキャンプ・登山は例年7月初旬の実施で、夏季休暇が今日よりずっと長いのですが、先生も学生も今より不勉強だったのでしょうか。そんなことはないと思います。
現代はあまりにせわしなく、余裕が失われているのかもしれません。旅の行先を決める指標の一つに懐かしく思い出す学校旅行の記憶があれば、人生はその分、少し豊かであるように思います。