過去の催し・お知らせ
2023年度
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2023年4月3日 30回の大学祭と東洋学園大学の30年
東洋学園大学は1992(平成4)年4月、千葉県流山市鰭ヶ崎(ひれがさき)にあった流山キャンパスで人文学部1学部の単科大学として開学し、本年(2022年)開学30周年を迎えました。
この間に世界は大きく変わり、本学も変化に対応して学部学科の改組新設、就学キャンパスの変遷を重ね、開学時とはまったく異なる姿に進化しました。
学園祭の様態は学校の変化を端的に示します。
2022年度
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2022年11月15日 30回の大学祭と東洋学園大学の30年展
東洋学園大学は1992(平成4)年4月、千葉県流山市鰭ヶ崎(ひれがさき)にあった流山キャンパスで人文学部1学部の単科大学として開学し、本年(2022年)開学30周年を迎えました。
この間に世界は大きく変わり、本学も変化に対応して学部学科の改組新設、就学キャンパスの変遷を重ね、開学時とはまったく異なる姿に進化しました。
学園祭の様態は学校の変化を端的に示します。
2021年度
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2021年度後期展「竣工60周年記念:建築家 今井兼次の東洋学園大学(旧東洋女子短期大学)フェニックス・モザイク」
フェニックス・モザイク「岩間がくれの菫花」(東洋学園大学1号館正面)の完成60周年を記念し、壁画のデザイン・制作指導にあたった建築家・今井兼次(1895~1987)の構想スケッチ(今井家蔵)、校舎建て替えに伴い失われた4作品の保存断片、壁画制作前後の本学と学生の動向を伝える資料を公開します。
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2021年10月1日 常設展の再開とフェニックス・モザイク竣工60周年記念ミニ企画展
本学1号館の陶片大壁画・フェニックス・モザイク「岩間がくれの菫花」のデザインと制作指導は建築家の今井兼次(いまいけんじ/1895~1987)です。
本展は今井兼次の構想スケッチ、解体作品の断片、当時の資料によって5作全体の構成、主題を紹介し、制作の経緯と壁画がその後の本学に及ぼした影響を振り返ります。 -
2021年1月7日 お知らせ(公開停止)
2020年度
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2020年4月 移転リニューアルと公開再開について
2019年度
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2019年11月~2020年4月 東洋学園史料室の休館と移転について
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2019年9月~20年1月 多治見市モザイクタイルミュージアム企画展「今井兼次 不死鳥のモザイク」
多治見市モザイクタイルミュージアムの受贈記念小企画展「今井兼次 不死鳥のモザイク 細部に宿る、造形の魂」が9月14日から公開されます(2020年1月13日まで)。これは大阪・旧東邦商事本町ビル(現大阪商工信用金庫本店ビル)フェニックス・モザイク「糸車の幻想」のオリジナル部材が多治見市モザイクタイルミュージアムに寄贈されたことを記念した企画展です。保存には本学東洋学園史料室も関わっています。
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2019年7月7日 「ジェンダー史から考える女性医療従事者」研究報告
7/7(日)、東洋学園史料室の永藤欣久次長が、科研研究会「ジェンダー史から考える女性医療従事者」(基盤研究A:奈良女子大学)において「近代日本における女性歯科医師の養成 ―旧制東洋女子歯科医学専門学校の事例を通じて」と題し、東京大学で研究報告を行いました。
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2019年特集展「本郷キャンパスの一世紀」
東洋学園大学本郷キャンパスは2019(平成31)年3月、開設100周年を迎えます。
本学の創立は93年前の1926(大正15)年11月4日、旧制東洋女子歯科医学専門学校が文部大臣指定認可を得たことを起源とします。この時代の「文部大臣指定」は歯科教育機関としての完成を意味します。
完成の前には揺籃の時間があり、現在とは経営主体の異なる前身校(明華女子)が1917(同6)年9月に開校し…
2018年度
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2018年11月23日 公益財団法人斯文会(湯島聖堂)平成30年度神農祭記念講演
11/23(金)に湯島聖堂で行われた「平成30年度神農祭」(主催:公益財団法人斯文会、協賛:神農奉賛会11団体)の記念講演会にて、東洋学園史料室の永藤欣久史料室次長が「神農廟造営と東洋学園創立者・宇田尚」というテーマで講演を行いました。
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2018年度前期展「流山キャンパスの半世紀」
2017(平成29)年9月7日、流山キャンパス(千葉県流山市鰭ヶ崎 ひれがさき)は開設50周年を迎えました。
1967(昭和42)年同月同日に竣工式を挙行して以来、キャンパスは時代の流れに沿って利用形態をさまざまに変え、施設設備を拡充しながら半世紀の時を刻みました。
2017年度
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2017年度後期展「没後50年 東洋学園創立者 宇田 尚 ―自彊不息の生涯―」
創立期シリーズの終わりにあたり、学校法人東洋学園創立者・宇田尚(うだひさし 1881~1968)をとり上げます。
本シリーズを通じて見てきたように、明華女子(歯科医学講習所→歯科医学校→歯科医学専門学校 1917~1926)から東洋女子への改称を経た1926(大正15)年11月4日の文部大臣指定認可=“東洋学園創立”は、理想を掲げて一人の教育者が立ち上がるという、一般的に想像される私学創立神話とは様相を異にします。 -
2017年度前期展「創立期の東洋女子歯科医専 II ―初の女子歯科医専、女子初の文部大臣指定校」
総力戦となった第一次世界大戦で女性が労働力として動員された欧米諸国の影響、大正自由主義の空気を反映し、大正期は日本でも女性の社会参加が進み始めた時代です。主要交戦国は科学戦を経験し、その影響を受けた日本の女子教育も良妻賢母主義から科学的教育の重視へと変化が生じていました。
2016年度
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2016年度後期展「―波濤を越えて 東洋女子歯科医学専門学校の外国人留学生」
明治維新後、いち早く近代化を進めた日本は、中国をはじめとするアジア諸国・地域から多くの留学生を受け入れました。また、外地(海外領土)からも多くの学生が日本に来て学びました(内地留学)。
それぞれの国・地域でも女子教育が普及し、昭和期に至って高等教育レベルの女子留学が本格化します。戦前の女子の最高学府は旧制専門学校でした。 -
2016年度前期展「創立期の東洋女子歯科医専Ⅰ ―明華女子歯科医学講習所から明華女子歯科医学校へ」
大正期は女性も労働力として動員された総力戦(欧州大戦=第一次世界大戦)の影響や、大正自由主義などを背景に、女性の社会参加が進み始めた時代です。科学戦を経験し、女子教育も旧来の良妻賢母主義から科学的教育の重視へと変化が生じました。1899(明治32)年の高等女学校令以降、女子中等教育機関が急速に普及し、それは必然的に次の段階である女子高等教育の発展を促しました。
2015年度
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2015年度後期展「昭和三年校舎と八つの寄宿舎」
学校法人東洋学園は2016(平成28)年に創立90周年を迎えます。
旧制東洋女子歯科医学専門学校が歯科医師法(旧法)第1条第1号に基づき文部大臣指定認可を得た1926(大正15)年11月4日が本学の周年起点です。戦後、東洋女子短期大学の時代(1950~2006)は1950(昭和25)年を起点としていましたが、短大教育の終了を期に本来の創立年に回帰しました。 -
2015年7~8月 第2回全国大学史展「学生たちの戦前・戦中・戦後」
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2015年6月20日 朝日新聞「騎兵第14連隊跡にあった“大学”」(当室担当者講演)の報道など
6/20(土)、習志野市市民プラザ大久保展示会「終戦70周年 軍郷から学都へ」(6/19~7/3)で、東洋学園史料室の担当者が「騎兵14連隊跡にあった“大学”」と題して講演を行いました。
また、同展示会の内容と講演の予告が、6/20(土)の朝日新聞(千葉版)にて紹介されています。 -
2015年6月9日 日本歯科新聞「日本初の歯科衛生士学校 東洋女子歯科厚生学校」展の報道
6/9(火)の日本歯科新聞にて、東洋学園史料室で開催中の東洋学園史料室2015年度前期特集展「日本初の歯科衛生士学校 東洋女子歯科厚生学校(戦後70年 占領期改革シリーズ4)」を紹介する記事が掲載されました。
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2015年度前期展「日本初の歯科衛生士学校 東洋女子歯科厚生学校」
本学は1950(昭和25)年以来、文系教育機関として歩んでいますが、同年になぜ、歯科の旧制専門学校が英語の短期大学となったのか、以前は明確な説明をしていませんでした。経済、人口、進学率とも右肩上がりの時代にその必要はなく、アカウンタビリティを求められることもありませんでした。…
2014年度
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2014年10月19日(考証協力)NHKスペシャル「カラーでよみがえる東京 ―不死鳥都市の100年―」
考証に協力した放送番組の放映(NHKスペシャル「カラーでよみがえる東京 ―不死鳥都市の100年―」)
1943年10月21日に挙行された出陣学徒壮行会ニュース映画のカラー化にあたり、スタンドから見送る旧制東洋女子歯科医学専門学校生徒の色彩(服飾)考証に協力しました。 -
2014年10月11日 毎日新聞「学長・文相 愛知揆一 1964年オリンピック東京大会資料」展の報道
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2014年度後期展「学長・文相 愛知揆一 1964年オリンピック東京大会資料」
1964(昭和39)年の第18回オリンピック東京大会開催50周年にあたり、大会当時の文部大臣で、文相就任直前まで本学学長を務めた愛知揆一にまつわる同大会資料約50点を公開します。
スペースの関係から全てを展示することはできませんが、全容はパネルと解説書でご覧いただけます。 -
2014年度前期展「乙女の遠足 ―遊覧から教育へ」
学校の旅行・遠足は、ある時代までレジャーの数少ない機会でした。昭和の幕開けから前世紀末まで、東洋女子の名を冠した高等教育機関の旅行事情を辿ってみると、かつては盛んに行なわれていたこと、時代の推移とともに目的が変化してきたことが浮かび上がってきます。
2013年度
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2013年12月 フジテレビ「2020東京決定スペシャル 1964~2020」
フジテレビ「祝!2020東京決定スペシャル 1964~2020 東京の夢と奇跡の物語」(20:55~23:45)において、12月13・18日に史料室で収録した当室所蔵資料のVTRを使用、放映。
同番組のコーナー「1964.10.24 閉会式のミステリー」(23:15頃~)において、分列行進によらない自由な入場となった閉会式本来の予定を示す資料として当室所蔵資料… -
2013年度「習志野原の東洋学園 1946~1950」
2012年度特集展「最後の旧制高校 東洋高等学校」があった習志野の津田沼校舎には、1948年11月まで旧制東洋女子歯科医学専門学校も存在しました。1949年4月には初の歯科衛生士養成学校の一つである東洋女子歯科厚生学校も開校します。
旧制高校にスポットを当てた前年度に続き、今回は歯科医専・高校両校のOG・OBが所蔵する写真によって津田沼時代の実相を紹介します。 -
2013年3月13日 朝日新聞「最後の旧制高校 東洋高等学校」展の報道
2012年度
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2012年度「最後の旧制高校 東洋高等学校 ―教養教育への挑戦」
本年(2012年)は東洋学園大学が共学の四年制大学として1992(平成4)年4月、東洋女子短期大学流山キャンパスに併設の形で開学してから20周年となります。
四年制大学と短期大学の相違点は研究機関としての位置付けのほか、初級学年における一般教育科目(教養科目)の厚みの違いが挙げられます。… -
2012年9~10月 多摩美術大学美術館「今井兼次の世界Ⅳ ―社会への奉仕 戦後の作品から―」
多摩美術大学美術館「今井兼次の世界Ⅳ ―社会への奉仕 戦後の作品から―」では、碌山美術館、旧)根津美術館、桃華楽堂(宮内庁楽部 香淳皇后還暦記念音楽堂、日本芸術院賞、BCS賞)などとともに、本学「フェニックス・モザイク」(1961年)の構想、設計資料、現存しない旧1号館屋上作品群の断片が展示されます。
2011年度
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2011年後期「東洋女子歯科医学専門学校と元帥・東郷平八郎」
東郷平八郎(1848~1934)は日露戦争時の連合艦隊司令長官としてロシア海軍と対峙し、日本海海戦で近代海戦史上類を見ない完全勝利を収めた海軍軍人として世界的に知られています。
一方、旧制東洋女子歯科医学専門学校創立時からの専任教員で附属病院長も務め、戦後は日本歯科医師会第2代会長となった入交直重(いりまじりなおしげ 1887~1960)は東郷平八郎晩年の歯科主治医でした。 -
2011年9月 NHK放送博物館企画展「語学番組の変遷」
青木常雄本学名誉教授(東洋女子短期大学)がとりあげられました。
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2011年前期 「東洋女子短期大学の誕生 ―第二の創立者 宇田愛とブラックマー・ホーム」
東洋女子短期大学(1950~2006)は無宗教の教育機関です。東洋女子短期大学は英語系の高等教育機関でありながらキリスト教の背景を持たず、しかし多くの教育者の営為と時代の追い風によって「英語の東洋」の評価を得るに至りました。…
2010年度
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2010年前期 「第1回東洋学園ホームカミングデー」
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2010年前期 「卒業生が作曲した校歌 ―東洋女子歯科医学専門学校」
4月5日から7月30日まで、「卒業生が作曲した校歌 ―東洋女子歯科医学専門学校」を展示公開します。東洋女歯校歌作曲者・和久本文枝先生(口腔外科教授、故人)資料を中心に、卒業生やご家族からご寄贈いただいた資料を用い、「校歌」の視点から構成したものです。
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2010年1月 全国大学史展「日本の大学 ―その設立と社会」
2009年11月14日にご案内した全国大学史展「日本の大学 ―その設立と社会―」(主催:大学史資料協議会東日本部会/明治大学史資料センター)が、本日より明治大学駿河台キャンパス、アカデミーコモン地下1階の明治大学博物館特別展示室で始まりました。
展示は約70の大学・機関より提供された111点の大学史資料で構成されています。本学からも2点出展しています。
2009年度
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2009~11年各後期 「東洋女子歯科医学専門学校と元帥・東郷平八郎」
東郷平八郎(1847~1934)は日露戦争における日本海軍連合艦隊司令長官としてロシア海軍と戦い、特に日本海海戦ではバルチック艦隊に対して、近代海戦史上類を見ない一方的勝利を収めたことで知られる海軍軍人です。
本日、当史料室は元日本歯科医師会常任理事の入交(いりまじり)重道氏(新宿区新小川町6丁目 入交歯科医院)より、元帥海軍大将東郷平八郎が使用した総義歯(総入れ歯)の寄託を受けました。 -
2009年4月14~20日 IOC(国際オリンピック委員会)評価委員訪日視察プレスセンター展示
IOC(国際オリンピック委員会)評価委員訪日視察プレスセンターに、史料室の所蔵する第18回オリンピック東京大会愛知揆一関連資料を出張展示しました。