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教育・研究
[公開講座]第5回 ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』――主人公レオポルド・ブルームの様々な〈多様性〉について
2022.07.11
学問領域にとらわれない幅広い教養(リベラルアーツ)を学ぶ東洋学園大学の公開講座。
2022年度は持続可能な開発目標“SDGs”をテーマに、第5回を7/2 (土)、東京・本郷キャンパスでの対面講座とオンラインでのライブ配信により開催。
122名(対面18名、オンライン104名)の方にご参加いただきました。
今回の講座は、東洋学園大学グローバル・コミュニケーション学部 小林広直准教授が古典的名作『ユリシーズ』を紹介し、主人公・ブルームの多様性について考察しました。
小林氏は早稲田大学文学研究科博士号(英文学)を取得、同大学文学学術院助手、日本学術振興会特別研究員を経て現職。ジェイムズ・ジョイスを中心としたアイルランド文学が専門で、近著に『ジョイスの挑戦――『ユリシーズ』に嵌る方法』(言叢社/共著)があります。
小林氏は冒頭、今年が『ユリシーズ』出版100周年であることに触れ、ジョイスの生い立ちを紹介。
ダブリンのカトリック中流階級に生まれ、イエズス会の高い教育を受けるも、1904年の22歳のとき、のちに妻となるノーラ・バーナクルと出会い、ともにアイルランドを脱出、その後は生涯のほぼすべてをヨーロッパ大陸で過ごした「亡命者」であったと述べました。
にもかかわらず、主要4作品はすべてダブリンが舞台で、「ダブリンへの愛憎相半ばする狂気にも似た想いを抱いていた」と小林氏。
当時のアイルランドは大英帝国、カトリック教会、ナショナリズムの支配下にあったことから、ジョイスの作品の一つのテーマに「麻痺」があると述べました。
次いでジョイスの40歳の誕生日、1922年2月2日に出版された『ユリシーズ』に話は進みました。
『ユリシーズ』は1904年6月16日のダブリンでの1日を全18挿話で構成したもので、3人の主人公が登場しますが、この日は「ジョイスがノーラと初めてデートした日」であるといいます。
ユリシーズとは、古代ギリシャの長編叙事詩『オデュッセイア』の主人公オデュッセウスのラテン語名であり、ギリシャ神話を枠組みとした理由として、ジョイスのカトリック教会への反発と輪廻転生という考えがキリスト教以前の世界へと向かわせたと考察。
もっとも神話の英雄とは異なり、主人公に暴力への嫌悪があるのは第一次世界大戦の影響であり、戦争という極限の暴力の時代にたった1日の物語を描いたことの意義は、「平凡な日常に潜む可能性」(デクラン・カイバード)を明らかにしたと指摘。新聞の見出しの挿入や劇形式、カテキズム(教理問答)の形式、「意識の流れ」など様々な文体と技法を駆使し「超絶的な難解さ」で知られるジョイスの主要4作品は、テキストの連続性と関連性により、「ひとつの本」とも言えると述べました。
さらに主人公の一人、レオポルド・ブルームについて考察。
初登場シーンで彼の「禽獣の臓物好き」が描写されているが、「彼は食のタブーをもつユダヤ人の父を持ち、結婚に際してプロテスタントからカトリックに改宗していることが物語の展開とともに、徐々に明かされていく」と、錯綜する小説の仕掛けを説明。
ブルームの多様性について宗教やジェンダー等を挙げ、人種的多様性については、古代ギリシャと現代アイルランドの平行関係、ユダヤの民族離散とアイルランドの移民の歴史などが重ね合わされた「意味の重層化」があると小林氏は指摘しました。また、ナショナリズムについて「国民とは同じ場所に住んでいる人々のことです。(中略)あるいはまた異なる場所に住んでる」(柳瀬尚紀訳)というブルームの言葉が、アイルランド人やユダヤ人の民族離散の歴史を想起させると語り、人種差別を底流に持つ憎悪のナショナリズムに抗した、<愛のナショナリズム>がブルームを通じて語られているのでは、と論を展開しました。
最後に小林氏は、アイルランド人であり他者からユダヤ人として差別されるブルームを主人公に据えるとともに、ジョイス22歳当時の分身であるスティ―ヴンを登場させることで、アイルランド人とは何か=〇〇人とは何か、〇〇教徒とは何か、という多様性に関する根源的な問いを突き付ける『ユリシーズ』は、「私は私、あなたはあなたという単独性が認められる、真に多様性が尊重される社会はいかに構築が可能か」という視点で再読が可能であると述べて、講座を終了しました。
質疑応答では、会場・オンラインともに多くの質問が寄せられました。
「日本文学への影響は」との問いには「芥川龍之介が一部翻訳しており、昭和初年にはジョイス・ブームが起き伊藤整などの文学者に大きな影響を与えた」と回答。「同時代のフロイトやニーチェがジョイスに与えた影響」については「フロイトの影響は受けていないとジョイス本人は明言しているが、意識の流れなどの手法にその影響がみられる。ニーチェについては、彼のキリスト教批判を作品の随所に取り入れている」などと指摘しました。
今年度は2022年8月まで全7回にわたり、様々な講師を招くオムニバス形式で開講。
一般の方々もZoomウェビナーで聴講が可能です。
次回は7/23(土)、「琉球列島:島の生物と保全」というテーマで、北九州市立いのちのたび博物館 館長・琉球大学名誉教授 伊澤雅子氏が講演します。ぜひふるってご参加ください。